鑑賞

千砂子波止・高燈籠

「千砂子波止」は江戸時代後期に芸州藩が築いた防波堤で、当時の最高の技術が用いられ中国地方で最大規模であったため、中国無双と称えられました。「高燈籠」は、「千砂子波止」の突端で灯台の役目を果たしてきました。高さは6.18m […]

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御手洗昭和館

昭和30年代~40年代を中心にしたレトロなおもちゃが約5000点以上展示されています。大人は懐かしく、子どもは新鮮な時代へのタイムスリップ!圧倒的な展示数と保存状態に、きっと誰もが感動することでしょう。受付手前にて駄菓子 […]

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御手洗天満宮

御手洗の三大神社のひとつである天満宮。宝暦5年(1755)に天神社として創建され、明治4年(1871)に広島藩士、船越寿左衛門の寄進により新社殿が造営されました。現在の社殿は、大正6年(1917)に町民の寄進により再建さ […]

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旧金子家住宅

江戸時代に御手洗の町年寄、庄屋役を勤めた金子家(屋号 三笠屋)が、広島藩の要人など様々な賓客を接待するために建てた屋敷です。上田宗箇流の武家茶道の形式が色濃く残るお茶の名家で、幕末には薩摩藩・長州藩・広島藩が結んだ討幕同 […]

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若胡子屋跡

若胡子屋は享保9年(1724年)に藩より茶屋営業許可を受けた、御手洗で最大規模の遊郭でした。主屋の座敷の天井には屋久杉を使用するなど贅を尽くしています。明治17年(1884年)廃業後、隆法寺に転用され、その際に2階部分が […]

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旧柴屋住宅

旧柴屋住宅は、大長村庄屋役及び御手洗町年寄役を代々勤めた高橋家(屋号柴屋)の別宅の一部です。建築年次は、文化3年(1806年)に伊能忠敬が大崎島の測量をした時に宿舎にしたと伝わるのでそれ以前と見られます。「伊能忠敬御手洗 […]

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おいらん公園

この公園は、御手洗の急傾斜地対策工事の際に偶然発掘された遊女の墓約100墓を、2003年に地元の皆さんの呼びかけで島の内外から多くの寄付を募り、海の見える風光明媚な高台に移設されたものです。今も昔も御手洗では、遊女たちを […]

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御手洗七卿落遺跡(竹原屋)

幕末の動乱期、1863(文久3)年8月18日の政変で公武合体派によるクーデターが起き、京都を追われた尊王攘夷派の公卿である三条実美ら七卿が長州に落ち延びました。翌年、長州藩が勢力奪還を期したものの蛤御門で敗北。上京を夢見 […]

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満舟寺

真言宗のお寺。立派な石垣は、豊臣秀吉が四国征伐の前線基地として加藤清正に築かせたと伝えられ、戦国時代の築城技術である「乱れ築き」が見どころ。境内には小林一茶と交流のあった俳人、栗田 樗堂(くりた ちょどう)の墓があります […]

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宇津神社

創建2000年以上の長い歴史を持つ、由緒正しい神社です。鳥居をくぐると、「静」の世界が始まり、訪れる人をやさしく迎える長い参道はひとときの間、俗世を離れ心が癒される時を 与えてくれます。境内には樹齢1200年以上と言われ […]

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