大崎下島など6島によって構成され、市の中心部とは直線で約30kmの距離にあります。瀬戸内海国立公園にも指定されるなど多島美が美しい地域で、歴史の見える丘公園からは美しいまちなみを始め、周辺の島々や本土、四国までを一望することができます。江戸時代中期から明治初期にかけて、瀬戸内海の沖乗り航路の潮待ち・風待ちの港町として栄えた御手洗地区は、歴史的な町並みや「若胡子屋跡」「七卿落遺跡」などを始めとする歴史的・文化的に貴重な史跡を有していることから、平成6年に文化財保護法による「重要伝統的建造物群保存地区」に選定されています。
呉駅前バス停、広島バスセンターからのバスの時刻表は、さんようバス時刻表(外部サイト)をご覧ください。中国労災病院バス停(JR新広駅・呉市広市民センター付近)からのバスの時刻表は、瀬戸内産交時刻表(外部サイト・PDF)をご覧ください。

豊地区のお知らせとおすすめ観光情報

  • 潮風に泳ぐ鯉のぼり 見に来ませんか?[下蒲刈]
    広大な庭園に色彩豊かな鯉のぼり (下蒲刈・大津泊) 潮風そよぐ庭園に、色彩豊かな鯉のぼりがたなびいています。 安芸灘大橋を望む大津泊庭園(下蒲刈町)で4月18日、地元有志たちが鯉のぼりを揚げました。広々とした庭園にたなびくのは、地域などから集められた大きな鯉のぼり。総距離100メートルほどのポール間に、30超の幟がそよぐ姿を楽しめます。子供たちの健やかな成長を願い、地元のグランドゴルフ親睦会「喜楽会」が13年ほど前から始めた取り組みで、5月10日まで。 同庭園には遊具や遊歩道、無料駐車場、トイレなどが整備され、広い天然芝のスペースは子供たちが元気いっぱいに遊べます。ゴールデンウィーク(GW)のお出かけにお薦めのスポットです。 力合わせ、願い込め 「よーいせっ!もうちょっと!」。100メートルにも及ぶポール間に鯉のぼりを揚げるのはかなりの大仕事。竹やポールはたいへんな重さで、特殊車両も使いながら男性たちが力を合わせて立てました。色や大きさ、質感の異なる鯉のぼりをどの順番で並べるか決めるのは女性たち。強風でも鯉が捻れないようロープの「はらわた」を入れるなど工夫を凝らしました。高齢化が進み、準備は年々大変になっているといいますが、子供たちの喜ぶ姿を思いながら5時間ほどかけて鯉のぼりを揚げました。 下蒲刈は約8.71㎢に1300人弱が暮らす地域で、その約半分は高齢者。そんな小さなまちで、大規模に準備される鯉のぼりには、地域の願いが込められていました。 きっかけは13年前、下蒲刈の呉服屋の主人と喜楽会メンバーが、立派に整備された大津泊庭園を見ながら話していました。「自分たちが子供の頃は、当たり前のように鯉のぼりを揚げてもらっとったけど、めっきり見なくなったなぁ」「ここもなんとか活かせんかなぁ」。 思い立ったら仕事が早いのが下蒲刈の良いところ。竹を切り出し、各家庭から寄託を受けて鯉のぼりの活動が始まりました。2年目からはさらに多くの鯉のぼりを揚げられるよう、建設業の仲間が巨大なポールを製作するなどスケールアップしてきました。 世間話から始まった活動は、やがて行政や地域も動かしました。いまでは「まちづくり協議会」の主催となり、ロープや傷んだ鯉のぼりの買い換えを補助。近隣の地域からも鯉のぼりが届けられています。 鯉のぼりの準備に携わる喜楽会などのメンバーたち お家に眠る鯉のぼり生かしませんか? 下蒲刈まちづくり協議会では、鯉のぼりを譲っていただける方を募集中です。ご支援くださる方は下蒲刈市民センター(0823-65-2311)または地域おこし協力隊の鶴田(090-5732-8384)までご連絡ください。
  • まるで動く船の図鑑だ
    瀬戸内海海上交通の、要衝であり難所でもある来島海峡を間近に控え、大崎下島、豊島、上蒲刈島の南岸沖には、昼夜を問わず様々な船が行き来します。2022年3月29日13時前、豊島・斎島間の海をゆっくり西に進む、装備満載の船がありました。国の「海洋研究開発機構(JAMSTEC)」に所属する海洋地球研究船「みらい」です。 長期間の航行が可能で、ミッションは、熱帯から極地まで地球上のあらゆる場所に出向いての調査。夕方には神田造船にその姿を見せていて、整備を終え試運転しているものと思われます。数奇な経歴をたどった船で、元原子力船「むつ」。船体を切断して原子炉を取り出し、改造されて復帰しました。同日夕方、県民の浜はるか沖、四国に近い位置を航行する白い船は、日中国際フェリーの「新鍳真号(しんがんじんごう)」。神戸・大阪と中国上海を結ぶ定期貨客船(現在は貨物だけ扱い)。大阪を出て中国に向かっていました。 次にやってきた巨大な船影は、日藤海運に所属する、車両運搬のRORO船(ローローせん)「日清丸」。豊浜沖の二窓島にすっぽり収まるサイズです。 この海域は、様々な船が昼夜の別なく行き来して、一日中ながめていても飽きることはありません。船好きにはこたえられない場所です。
  • 令和4年版 下蒲刈町観光リーフレットができました
    下蒲刈町まちづくり協議会では、観光リーフレット「下蒲刈 令和4年版」(A3版4ツ折A6仕上げ)と「三之瀬MAP」(A4版3ツ折)を作成しました。持ち運びに便利なサイズ、最新の情報を掲載した内容。市民センターや観光施設などで、無料配布中です。「安芸灘とびしま海道」地域の紹介もありますので、玄関口「下蒲刈」で入手の上、エリア内を存分にお楽しみください。

食事

    該当記事がありません

宿泊

    該当記事がありません

お土産

    該当記事がありません

鑑賞

  • 若胡子屋跡
    若胡子屋は享保9年(1724年)に藩より茶屋営業許可を受けた、御手洗で最大規模の遊郭でした。主屋の座敷の天井には屋久杉を使用するなど贅を尽くしています。明治17年(1884年)廃業後、隆法寺に転用され、その際に2階部分が取り払われましたが、仏壇部分の小屋組に一部再利用され現存しています。(※令和4年〜令和7年まで改修工事のため入館不可) 住所 呉市豊町御手洗149-1 電話番号 ー ホームページ ー 営業時間 9:00〜17:00 定休日 火曜日
  • 旧柴屋住宅
    旧柴屋住宅は、大長村庄屋役及び御手洗町年寄役を代々勤めた高橋家(屋号柴屋)の別宅の一部です。建築年次は、文化3年(1806年)に伊能忠敬が大崎島の測量をした時に宿舎にしたと伝わるのでそれ以前と見られます。「伊能忠敬御手洗測量之図」の右側にこの向座敷が描かれており、土塀で囲まれた広々とした庭には、あずま屋や池が配され、豪著な造りとなっていました。 広島藩主が遊覧のため来島した際にここで休憩しており、本陣として利用されていました。 住所 呉市豊町御手洗174 電話番号 ー ホームページ ー 営業時間 9:00〜17:00 定休日 火曜日
  • おいらん公園
    この公園は、御手洗の急傾斜地対策工事の際に偶然発掘された遊女の墓約100墓を、2003年に地元の皆さんの呼びかけで島の内外から多くの寄付を募り、海の見える風光明媚な高台に移設されたものです。今も昔も御手洗では、遊女たちを大変大切にしたと言われています。 住所 呉市豊町御手洗 電話番号 ー ホームページ ー 営業時間 ー 定休日 ー
  • 御手洗七卿落遺跡(竹原屋)
    幕末の動乱期、1863(文久3)年8月18日の政変で公武合体派によるクーデターが起き、京都を追われた尊王攘夷派の公卿である三条実美ら七卿が長州に落ち延びました。翌年、長州藩が勢力奪還を期したものの蛤御門で敗北。上京を夢見た五卿(三条実美、三条西李和、四条隆謌、壬生基修、東久世通禧)が引き返す道中、7月22~24日に御手洗に立ち寄りこの竹原屋を宿としました。1940(昭和15)年に広島県史跡に指定。 住所 呉市豊町御手洗225 電話番号 ー ホームページ ー 営業時間 ー 定休日 ー
  • 満舟寺
    真言宗のお寺。立派な石垣は、豊臣秀吉が四国征伐の前線基地として加藤清正に築かせたと伝えられ、戦国時代の築城技術である「乱れ築き」が見どころ。境内には小林一茶と交流のあった俳人、栗田 樗堂(くりた ちょどう)の墓があります。 住所 呉市豊町御手洗310 電話番号 ー ホームページ ー 営業時間 ー 定休日 ー
  • 宇津神社
    創建2000年以上の長い歴史を持つ、由緒正しい神社です。鳥居をくぐると、「静」の世界が始まり、訪れる人をやさしく迎える長い参道はひとときの間、俗世を離れ心が癒される時を 与えてくれます。境内には樹齢1200年以上と言われる御神木・ホルトの木がある他、多くの武将が戦勝祈願に訪れ、武具を献じています。毎年1月の最終日曜日には初祭り・百手神事(弓祭り)が行われ、一般参加も可能で多くの人で賑わいます。 住所 呉市豊町大長5006-3 電話番号 0823-66-2596 ホームページ ー 営業時間 ー 定休日 ー

アウトドア

    該当記事がありません

体験

    該当記事がありません